埋文データ
龍角寺古墳群と岩屋古墳


 龍角寺古墳群は総数114基を数える当地域でも最大級の古墳群であり、うち93基が国の指定を受けています。構成は前方後円墳37基・円墳71基・方墳6基となっており、他の古墳群に比べ前方後円墳の数が多い点が特徴となります。古墳群は後期〜終末期(6〜7世紀)にかけて築造され、岩屋古墳を含む終末期の方墳は古墳群の東端部に集中し、根木名川へ流れる支谷の最奥部に位置しています。
 発掘調査の行われた主な古墳には、二重周溝の円墳を改変した造り出し付円墳であり、武人や馬など多数の形象埴輪を出土した101号墳、全長78mを測り、県内最後の前方後円墳と考えられる浅間山古墳などがあります。
 当古墳群は、古墳時代の最終段階において突如盛行した古墳群であり、直後の7世紀後半に創建された龍角寺や律令制下における埴生郡衙との強い関連が想定されます。現在では、平城宮跡から出土した木簡により、奈良時代の埴生郡司が大生部氏であったことが明らかになり、龍角寺の建立や古墳群の造営を行った印波国造も同様に大生部一族であった可能性が高いと考えられています。
龍角寺古墳群と岩屋古墳

 

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